Japanese Castle

福岡城

福岡城について

 関ヶ原で東軍に属した黒田長政が筑前一国52万石を与えられ、翌慶長6年(1601)から築き始めた九州最大規模を誇る大城郭。長政と共に築城の名手と言われた黒田如水も縄張りに関わったとされ、周囲を広大な水堀と石垣囲まれ、47基もの櫓が建ち並んでいた。この城を見た加藤清正は、『自分の城は3~4日で落ちるが、福岡城は30日~40日落ちない』と絶賛したと言われている。幕末まで12代にわたり黒田氏の居城として存続したが、明治期に廃城になった後、多くの建物が払い下げられたり、取り壊されたりした。戦後、国の史跡に指定され、舞鶴公園として整備されている。また、天守は長らく存在しなかったと思われていたが、近年一時期建てられていた可能性が出てきており、天守の復元運動も行われているらしい。
【三の丸】 【二の丸・東二の丸・南二の丸】 【本丸・天守台】