岐阜城 山麓居館エリア


【冠木門】
 居館エリアの入口に建てられているが、千畳敷の発掘調査では門の跡は発見されていないので、実際の位置や 形式などは不明。


【虎口】
 冠木門から続く虎口。両側には巨大な石を使った石列が続いている。ルイス=フロイスの記録にある 『裁断されない 石の壁』 に当たる部分と考えられる。巨石列は全国的にも例が無く、岐阜城の信長居館を象徴する構造物となっている。


【斉藤氏時代の遺跡】
 巨石列通路の下層から見つかった石積みの穴と階段は、永禄10年(1567)の信長入城以前の斉藤氏の時代の ものと考えられている。この時代の層には炭層も見られ、信長が稲葉山城を攻略した際の火災と跡と考えられている。 居館の入口は巨石列通路で大きく改変されたが、基本的な部分は斉藤氏の時代に造られたと考えられている。


【柱跡】


【入角と出角】
 横矢の原型とも言える入角と出角。当時はこの上に勾配をもったかなり高い石垣があったと考えられている。 これらはいずれも信長入城以前のものと考えられている。


【水路】
 上流の滝から流れてきた水が流れていた水路の跡で、石垣で囲まれ、くの字状に折れ曲がっている。


【広い階段】
 水路の南側に位置する階段跡で、直線的に伸びている。フロイスの記録に出てくる、信長の宮殿へ至る過程の 『広い階段』に該当するものと考えられている。現在は発掘中でareaCと区画されていた。


【エリアA】
 階段から上部は現在発掘中のエリア。いくつかの区画に分かれている。こちらはエリアAと呼ばれるところ。


【エリアB】
 最も上部に位置するのがエリアBと呼ばれる部分。現在は立ち入り禁止になっている。


【土塁】
 長良川沿いに続く土塁。岐阜城の城下町を囲っていた総構えの跡で、現在もこの周辺の長良川の堤防は この土塁を利用して造られている。